家族を在宅介護する人に、ストレスが原因で起こる、うつ病
介護うつとは、家族を在宅介護するストレスが原因で起こる、うつ病。介護従事者の多数は40歳代から60歳代の女性であり、この年代の女性にとって、在宅介護は大きなストレス因子となっています。
厚生労働省の研究班が2005年、在宅介護者を対象に実施したアンケートによると、在宅介護者の23パーセント、およそ4人に1人が軽度以上のうつ状態にあるといいます。うつ病の発症率はおよそ7パーセントですから、介護に当たる人はそうでない人の約3倍、うつ病になりやすい状況下にあるといえます。
また、「死んでしまいたいと思うことがあるか」と聞いた質問に対して、65歳以上の介護者の3割以上が「ある」「少しある」と回答。さらに、介護者の約5割が介護について相談できる仲間がほしいと感じており、介護者の支えとなる存在の必要性が浮き彫りとなっています。
在宅介護は、その物理的な負担のみならず、先の見えなさ、拘束感、完璧な介護への捕らわれなど、いくつもの特徴があります。閉塞(へいそく)した家庭内で、一日中被介護者と向き合って生活している在宅介護者は、外との接点が極端に少なくなってしまう場合があり、うつ病や慢性疲労などへの注意が必要といえます。
うつ病はきちょうめんで、きまじめな性格の人がなりやすいといわれていますが、はっきりしたことはわかっていません。人間は期間が限定されているストレスには耐えることができますが、介護のように先が見えないストレスには弱いものです。加えて、一生懸命介護をしたとしても、決して高齢者の状態が大きく改善するわけではなく、むしろ徐々に弱っていくことが多いと思われる状況では、成果として目に見えて結果が出ないので、自分の目標を見失ってしまいます。そのような状況下で周囲や職場の理解が得られないなど、別のストレスも加わることで、精神的にも肉体的にも限界になり、うつ病を発症するケースが多いのではないかと推測されます。
介護うつの原因ともなっている介護負担は、各世代に大きくのしかかっています。具体的には、介護者も被介護者も高齢であることからくる介護力不足が問題となる老老介護や、一つの家庭に複数の要介護者が同時に存在する多重介護、あるいは、祖父母の介護を孫の世代が担う隔世介護など、介護の様式が複雑化したことや、医療技術の進歩で寿命が延長したことよる介護期間の長期化などが、負担増の原因と考えられます。
このような社会現象に照らして、従来家族のものであった介護を社会全体で担うために、介護保険法の制定、施行、度重なる改正が行われていますが、なお社会的介護力は質的にも量的にも介護者および被介護者の生活の質(QOL)を維持するためには十分とはいえません。
特に在宅介護においては、どうしても家族に負担がかかり、介護うつや慢性疲労など介護者の心身への負担が問題視されています。介護力の不足から介護従事者が心理的に追い詰められることが誘因となる高齢者虐待の事例が頻発したことから、2006年には介護支援法として高齢者虐待防止法が制定されましたが、高齢者を保護する目的にはかなっても、介護者のストレス緩和には役に立っていないのが実情です。
働く女性にとっては、育児とともに、高齢化した両親、あるいは配偶者の介護が大きな問題となっています。総務省が2007年に実施した就業構造基本調査では介護を理由に離職した介護離職者は年間14万4800人と前年から4万人増の過去最高となり、このうち女性の離職者は全体の82・3パーセントを占めています。もちろん男性の介護離職者も9年前との比較では2倍近くに増え、男女ともに介護が就業世代に大きな影響を与えていることは確かですが、女性に介護離職者が多いことは、女性が介護を担うものという従来の家族観が働く女性の動向に大きく関与していると推定されています。
育児離職とは異なり、介護離職の場合には、「離職期間がどのくらい続くかわからない」ことや「再雇用時の年齢が高い」など、介護を終えてからの再就職には不利な条件が多くあります。
現在の介護保険制度は介護者の負担減および在宅療養支援のため数々のサービスが利用可能ではありますが、介護支援の必要度や種類は介護者の年齢、経済的状況、ケアに対する意欲、介護者以外の援助者の存在、介護従事者の性格、家族関係など多様な因子によりさまざまです。
例えば、プライバシー重視の考え方が強い介護者は本人の肉体的、時間的介護負担が大きくても訪問ヘルパー制度を利用せず、家族のみでの介護を希望するケースや、被介護者本人が強く家族介護を希望し、援助制度を利用しないケースもあり、プライバシー維持と介護負担を天秤(てんびん)にかけるといったストレスを強いられています。
あるいは、介護度が高くても定期的に介護を代行する援助者がいる場合や、被介護者からのねぎらいの言葉、24時間の医療支援システムなどにより、良好なストレスマネジメントが確保できるというケースもあります。
逆に、介護者がもともと依存度が高く、家族の病態を受容できず介護不安が増強するケースや、介護者が過剰な責任感のためにパニックや不安に陥るケースなどもあり、被介護者の性格も介護者のストレスマネジメントの重要な因子と考えられます。
介護うつの自己治療と医師による治療
一人で介護を抱え込んで疲弊し、精神的に孤立した時に、うつ病に陥りやすくなります。よく眠れない、どうしても元気が出ない、御飯が食べられない、落ち込んだ気分が続く、死や自殺について考えることがある、といった症状が出ていると要注意です。早めに精神科や神経科の医師に相談するなど、メンタルケアにも気を配りましょう。
介護うつも通常のうつ病も、基本的には同じ性格傾向であったり、同じ素因があったり、ストレスでなるものです。しかし、介護うつの場合は理由がはっきりしているわけですから、ある程度医師による治療の余地は増えるのではないかと思われます。
予防のためには、介護のみではなく、自分の時間を作る、愚痴をいったり、相談できる環境を作るなど、セルフケアを心掛けることが重要です。
現在の制度では在宅介護のすべてを介護保険の範囲で賄うことは困難ですが、経済的な事情が許す限り民間のサービスなども併用して、自分の負担を減らすことも考えましょう。介護の大変さは経験した人にしかわからないものです。周囲の目など気にすることはありません。
一人で抱え込まないために、友人や知人に相談してみるのもよいと思われますが、介護経験のない人に相談しても、相談される人も困ってしまうというのが実情でしょう。周りに介護経験者がいない場合は、市区町村で行っている介護者の交流会に出て、同じ悩みを持つ人達と情報交換するのもいいと思われます。もっと大勢の意見を聞きたい場合には、インターネットの利用も有効です。最近は悩みを相談できる掲示板やコミュニティサイトも増えているので、うまく活用して悩みをため込まないようにするとよいでしょう。
同時に、バランスのよい食事を取る、十分な睡眠を取る、軽い運動などを心掛ける、定期的に健康診断を受けるなど、自らの体をケアすることも介護の一部と考えて下さい。根を詰めすぎるのではなく、ちょっといい加減なぐらいが、ちょうどよい。そんな気持ちで、無理のない介護を実践していきましょう。
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