∥脳は手を養い、足は脳を養う∥
●ボケを防ぐには歩くことが不可欠
ボケのような症状はある程度生理的なもので、年を取るとともに必然的に現れてくると考えることもできる。しかし、日常生活の中にわずかな工夫を加えることで、脳の老化の進行を遅らせられるのも、事実だ。
脳の老化を抑えるには、脳に脂質や糖、フィブリノゲンという血液を凝固させる成分の一つである蛋白質が必要以上にない、よい血液を循環させることが、重要な要素となる。そのために特に注意したいのは、過食と動物性脂肪、塩分のとりすぎ。そして、適度な運動を心掛けることも忘れてはならぬ。
長い間、肥満や運動不足の状態にあると、悪玉コレステロールや中性脂肪などの脂質が血液中に多く残るようになり、やがて、この脂質が血管壁に付着していく。これにフィブリノゲンの作用も加わって、血管を硬化させるようになる。このフィブリノゲンの血液を固まらせる力が大きくなりすぎると、血管を硬化させるだけでなく、血の塊である血栓を作って、脳梗塞の原因となり、ひいては、ボケを起こすことにもなるのである。
怖いフィブリノゲンの力を低下させるには、全身の筋肉の三分の二が集まっている腰から下の下半身、すなわち足を積極的に使って、ある程度強い運動をすることが必要となる。
足腰に強い力がかかる運動により、全身の血流が促進される。また、少し強めの運動をすると、フィブリノゲンを溶かす作用も高まるから、血栓ができにくくなり、ボケ防止に大変役立つというわけである。
足の衰えを防ぐためにも、速足歩きの実行をお勧めしたい。私たち人間は普通、一分間に七十~八十歩の速度で歩いているが、速足歩きとは百歩前後にスピードを上げることである。時間は、一日に二十分から三十分程度でけっこう。 この体を支える足を使って歩くことによって、血液の循環がよくなり、血圧も調整されるばかりか、脳の働きも活性化する。
歩く時には足の筋肉が働いているので、その中にある感覚器の筋紡錘からは、しきりに信号が出て大脳へ伝えられる。大脳は感覚器から網様体経由でくる信号が多いほどよく働き、意識は高まって、頭ははっきりするようにできているのだ。
人間の若さは大脳に集約されて表れ、足が衰えると長生きできないといわれるのも、足の筋肉から大脳へゆく信号が減り、弱くなるためである。
手の運動をつかさどる脳の分野があるように、足の運動をつかさどる働きも、位置と占める割合こそ違うが大脳にはある。この大脳にある足の運動を担当する領域と互いに連動し合って、歩くのに使われる筋肉は、特に歩行筋と呼ばれており、おしりの筋肉である大臀(だいでん)筋、大腿四頭(だいたいしとう)筋、下腿(かたい)の腓腹(ひふく)筋やヒラメ筋などである。
これらの歩行筋だけで全身の筋肉の半分以上を占めているのだから、気づいていないかもしれないが、歩くという単純な運動を続けるだけで、大脳ばかりか、体の多くの筋肉を鍛えることができるのである。
●足の筋肉の衰えが脳の衰えにつながる
言い換えれば、足の筋肉が大脳を養っており、筋肉の衰えが大脳の衰えに直接つながるということだ。 足は、それが今どうなっているかという信号や情報を多量に、かつ盛んに大脳に送り続けている。
つまり、足は末端から大脳へという求心性の制御機能を多く持っているのである。対して、手は大脳から末端へ指令が出る遠心性の制御機能を多く持っている。
そのために、脳は手を養い、足は脳を養っているといわれたりするのだ。 足や胴体に多い求心性に優れた筋肉には、遅筋線維が多く、物を投げたり、つかんだり、けったりする時に主に使われる遠心性に優れた筋肉には、速筋線維が多くある。速筋線維、すなわち相性筋線維は、年齢とともに委縮して大きな力は出せなくなるが、遅筋線維、すなわち緊張筋線維のほうは、速足歩き程度の運動をしていれば委縮することはない。
そして、この遅筋線維を衰えさせないことが、脳のために重要なのである。というのも、遅筋線維は、立ち上がることや歩くことが減ると、筋線維の数を減らしてしまうからである。すると、脳の働きを活発にさせる働きが弱くなってしまう。
このような足と脳の関係があるので、足が衰えると長生きができなくなるといわれるのだ。 不断の歩行により、大地に足を印することは、脳に微妙な刺激を与え、脳の疲労をとり、脳を健全にすることにも役立つことを忘れないでほしい。
頭をはっきりさせるばかりか、歩くことの刺激によって、人体の横隔膜の下にある肝臓、胃、腸、脾(ひ)臓、すい臓、腎臓、膀胱、それに女性ならば子宮などの臓器において、停滞している機能が適度にほどけて、働きが活発になる。
同時に、横隔膜の上位にある心臓も肺も、機能的に血液の循環をよくし、血液への酸素の供給が盛んになるため、当然、意識はすっきり、気分はさわやかになってくるのである。血液の流れが速くなるので、管にたまった汚れを掃除する。血管が膨張して、若返る。しかも、刺激が強すぎることもない。
歩くことは、基本的に無害なトレーニングであり、運動なのである。この点、運動生理学者も、トレーニングによって体を鍛えられるだけでなく、精神的なストレスも軽減できると保証している。
紀元前四世紀の昔、医学の祖といわれるヒポクラテスが「人間の体は、使うことで開発され、使わないことで弱くなる」といっている通り、人間の肉体はよくできたもので、外界から刺激や緊張などのストレスがかかると、これをはね返そうと働き、体を鍛える。トレーニングの原点はここにある。
運動によって、脳の中に天然の鎮痛剤であるエンドルフィンという物質が分泌される。モルヒネの数百倍とされる効き目があり、不安の痛みを鈍らせ、ストレスの影響を緩和するといわれている。
ところが、ジョギングなどの強い運動をすると、攻撃性の強い酸素分子で、万病の元になる活性酸素が体内に発生するために、健康に有害な面もあるといわれる。歩くといったゆるやかな運動の場合は、脳内ホルモンが出て活性酸素の害を中和してくれる。その意味でも、歩く運動は適しているのだ。
●頭も足も使わないと委縮するもの
走るより軽い歩行でもストレスを軽減できるし、さらに、歩くことによって下半身の筋肉の運動がなされて、腸の蠕動(ぜんどう)運動も順調になる。便秘というものは、腸の蠕動運動が鈍るために起きる現象である。
このように、歩くという単純な運動でも、脳をも含めての内臓諸器官を調整し、強化することになるのである。このことは、とりもなおさず、一切の病苦に対する最良の防衛力を強化する手段となる。
脳卒中のリハビリテーションの権威は、中高年時代に運動を続けていた人は、脳卒中で倒れた場合でも、その機能回復がスポーツゼロ族に比べ、はるかに早いと述べている。
歩きが減量とか、体重維持に効果があることも実証されているところで、いろいろな機関の最近の医学的研究によると、一般社会人が健康状態を保つには、一日に三十分以上歩く必要があるという。一日の歩数の多い人ほど、心電図異常の発現が少ないとか、動脈硬化を助長する高脂血状態が改善されるという発表も見られる。
速足歩きなどを行うと、血液中の余分な脂質が燃焼し、善玉コレステロールも増えるから、動脈硬化が防止される。その結果、脳へよい血液が多量に循環されることになる。
すなわち、歩くことは、脂肪を燃やすための非常に優れた運動なのである。成人病の大きな原因が肥満、つまり体に脂肪をためすぎてしまう点にあることは、一般によく知られていることだろう。成人病世代である中高年には、過激な運動は向かない。脂肪を燃やすための、できるだけゆるやかな運動が適しているのである。その運動の筆頭が歩くことなのだ。
やはり、私たちの体は頭と同様、上手に使うことが、その健康維持に大切。頭でも足でも使わないと、だんだん委縮する。機械化、自動化、省力化が進むにつれて、人間の体力は当然落ちていく。「現代人の直立能力があやしくなってきた」、と指摘する医学関係者もいる。下半身に力のない人は、概して感情や圧力を起こしやすく、ヒステリー的である。
なるべく下半身を鍛えるためにも、二本足で歩くという人間の自然な、根源的な行為を大切に心掛けたいものである。
毎日の通勤、通学の際、一駅前で下車して歩く、買い物の時いつもより遠くの店へゆくなど、意識的に工夫をしたり、特別な運動プログラムを組んで、あなたも一日三十分以上、ないし一日一万歩を目指して努力してはいかがだろうか。
一番よい歩き方は、ブラブラ歩きではなく、姿勢をよくして大きく手を振って、サッサと大股(おおまた)に歩くことである。気構えを正しくして歩む。心で歩まず、肉体で歩む。腹と腰で調子をとって、悠々と歩むがいい。
できることなら、舗装した歩道でなく、地面から大地の磁気を受け得るような土のにおいのする道がいい。
そして、昔から「早起きは三文の得」といわれているように、朝の散歩は人間にとって理想的である。何より空気は澄んでいるし、よい空気により、寝ているうちに始末のできなかった過剰の血糖を調整し、余計なものを代謝して、血液の酸性を除くことにもなる。
だから、誰もが日常、なるべく歩くことを心掛けたいもの。私たち人間は足で立っている動物だから、体が大切ならば足の運動は欠かさずやるべきである。
●歩き以外の下半身鍛錬法について
散歩、速足歩きなどが最もよい運動であるが、またゴルフもよろしい。景色のよいところで、清澄な空気のもとでの運動は足を動かすから、下半身の主たる運動だけでなく上半身、腕の運動にもつながる。その他、エアロビックダンス、縄跳び、水泳、体操などもよいだろう。
さらに、サイクリングもよい。自転車による足の筋肉を動かす効用として、一分間に五十回転ペダルをこぐ間に、石油缶一缶くらいの血液が、血管や心臓を洗い流して、動脈硬化、心臓の疾患の予防に役立ち、新陳代謝が活発になるという。
しかも、ペダルの位置によって動く筋肉が異なり、一つの筋肉が動くたびに、脳への刺激が届くから、両足でこぐ間に膨大な量の刺激となって、老化防止にもつながる。
片足立ちも、脳の老化防止に実行を勧めたい運動である。左右どちらの足でもかまわないから、片足立ちになり、目を閉じて、バランスを保って立ち続ける。手は力を入れず下げておく。一分ぐらいたったら、または、ふらついてバランスを崩し、浮いていた足を地面に着けてしまったら一回とし、五回行えばよい。
この片足立ちを行うと、足の筋肉はふだん行っている運動や動作と違う動きに戸惑いを感じ、筋肉が伸び縮みを感じる器官の筋紡錘や、腱(けん)が引っ張られていることを感じる器官の腱紡錘を通じて、より複雑に入り組んだ情報を脳へ送る。すると、脳は新しい事態に困惑し、懸命にその動作に対応しようと模索する。
その結果、脳が活発に働くようになり、脳内での糖の代謝も高進する。また、休止していた脳の中の毛細血管の血液循環も高進するため、脳の働きが若返ることになるのである。
∥脳の働きを高める手指の訓練∥
●運動には無理をしない心掛けが必要
注意してもらいたいことは、この運動というものは、自分の体に適する程度に加減すること。
例えば、中年すぎの女性で、連日三十分以上歩くと下半身に疲れが残って、気分がすっきりせず、体調が悪くなるという人が少なくないようだが、こういう人は三十分歩行では運動が過度だと考えてほしい。
よく歩いた日に限って眠れない人は、歩きが体を興奮させるとも考えられる。逆に、歩けばよく眠れるというのであれば、適度の疲れが眠りを誘っているといえよう。
このような眠りに対する影響なども、運動の程よさのわかりやすい目安になるのである。
すなわち、運動は過度ではいけない。快い疲労の程度ならよいが、過労ということは、運動の目的をはずれることで、かえって体力を減じ、いろいろな器官を損なうことにもなる。
特に高齢者では、ちょっとした運動でも、体に影響することがある。高齢者が朝起き抜けに散歩するなら、甘い物でも口に入れてから出掛けるか、食後にしたほうがより安全である。体操をするなら、体をできるだけゆっくり動かすこと。関節の痛みを我慢してまで動かすことは感心できない。寒い冬に急激な運動をすると、思わぬ事故が起きることがあるので、慎重に行うことも必要である。
中年以後の、いわゆる健康維持、それが寿命を延ばすという日常姿勢であって、適度の運動は若返りになるトレーニングでもあり、いたずらに寿命を延ばすだけでなく、老境には老境にある人々のやるという新しい意欲も起こり、やる仕事も当然に起こる。
要は、人間の正しい生き方は、肉体的に鍛えること。それが精神につながり、精神の安定を得る道。
誰もが、無理をしない程度に運動をすることを心掛けたいものである。体を動かすということは健康と長寿のためには不可欠であるから、百歳人などはみなそろって仕事好きである。仕事好きは運動好きでもある。
高齢者で全身の運動ができなければ、足を動かすだけでもよい。
簡単にできる足の健康法を紹介すると、まず仰向けに体を投げ出し、両足を三十センチぐらいの台に乗せ、足首を内側、外側と交互に二十回ほどひねると効果がある。慣れるにつれて、四、五十回続けると、疲労回復はもとより、全身機能も若返ってくる。これは、足の薔薇(ばら)静脈を鍛錬する運動である。
体力の衰えを防ぐには、足裏の土踏まず中央の上側にあるツボを、指先で押したり、もんだりするのもよい。ツボは足の親指の根元にある、ふくらみのすぐ後ろ側だが、ここは昔から神気の湧くところ、生命の躍動する場所として、「湧泉」と呼ばれてきた。「押せば命の泉湧く」というわけである。指圧に際しては、痛いが気持ちいいという程度の力で、呼吸のリズムに合わせて行うようにすればいい。
最後に高齢者に注意しておきたいのは、年を取ると平衡感覚が鈍るということである。一番危ないのが階段で転ぶこと。これも上る時は転んでも前に手を着くからいいのだが、下りる時が危ない。もしお宅が二階家で階段に手すりがなかったら、ぜひつけてほしい。要するに、転ばぬ先のつえを考えねばならないということだ。
●脳の働きを高める手や指の訓練
人間の足に続いては、手を鍛錬して頭の働きを維持する方法を述べよう。
体の中で、生かされているという自然の中に深々と根差しているものは腹から腰、それから生殖器官、そして両脚、両足であるのに対して、人間の手は生きるという面に、生きるための働きをしている。
手は自由自在に独立しているかのごとく、さまざまなことをなすことができる。生きるという自力を発揮する上で、手というものがどのくらい進歩してきたかを考えれば、人間はまだまだ、現在くらいの働きで満足していることはできないだろう。
かの哲学者カントは人間の手を称して「脳の可視部分」といったが、大脳の半分以上が手を動かすための役割をつかさどっているともいう。足の運動をつかさどる脳の分野があるように、手の運動をつかさどる働きも、位置と占める割合こそ違うが大脳にはあるわけだ。この大脳にある手の指の運動を担当する領域は、足の運動野の十倍以上の広さを占めており、互いに連動し合って、複雑な動作をも可能にしているのである。
そこで、頭のボケを防ぐために、誰もが簡単に自分でできることとして、互いに連動し合っている手のひらを鍛錬するのも、一つの効果的な方法となる。
お寺の和尚が念仏を唱える時に、数珠を手のひらでもむ。それはお経をありがたくするということだが、手のひらを鍛錬してボケを防ぐということが、その中にちゃんと入っているのだ。
中国の気功術の手始めも、両手の手のひらをこすり合わす。そろりそろりと手のひらを離すと、両手のくぼみの間に「気」が通う。これが気功の第一課だといわれている。
両指先を動かす末端運動もボケの予防になる。なぜなら、血液の循環は心臓の鼓動による力ばかりでなく、血管、ことに毛細管の末端にある動脈系と静脈系を結びつけるグローミーというものの働きが、同時にその原動力となっているが、末端の運動はその血液循環をよくするからである。
よく、中国では長寿法の一つとして、クルミを両手に始終持って常に動かすという。これなども結局、手、指先を動かすのがいいということである。使えば使うほどよいのが手と頭と足である。
では、脳の働きを活発にする指の効果的な動かし方を、いくつか紹介することにしよう。
まずは、考えながら指や手を使うこと。手足の筋肉を長期間動かさないと筋力が衰えてくると同様に、脳も使わないでいると老化が進み、ボケにつながる恐れがあるが、脳の場合は頭の中で考えを巡らせるだけでは、ほとんど効果がない。大切なのは、考えながら手を使うことなのだ。
つまり、ある方向に手を動かしたり、細かく働かしたりすれば、大脳の運動野の領域が働いて、脳力の向上につながる。また、手順のある作業を行ったり、順番をつけて手を動かしたりすると、大脳の運動連合野と呼ばれる領域が働いて、脳力の向上につながるというわけだ。
この点で、代表的な手作業は料理である。目的とする料理を頭の中に描いて、包丁で素材を刻んだり、ハシでかき混ぜたり、米を研いだりして、手を創造的に動かすからだ。
碁や将棋、マージャン、テレビゲームなどでも、同様のことがいえる。こちらは一手ごと、場面ごとに、次にはどういう局面になるかを絶えず考えながら、手を使って対処するからだ。そのほか、日記や手紙、メモなども、考えながら字を書く創造的な手作業ということができる。
次は、ふだん使わない指を使うこと。人間が日常、字を書いたり、ハシを使う時、小指や薬指はほとんど使わないため、大脳の運動野や運動連合野などへの刺激も、不完全なものとなっている。そこで、小指で電話のダイヤルを回したり、薬指で電卓のボタンを押したりする習慣をつけると、大脳を十分働かせることにつながる。
さらに、なるべく利き腕でない手を使うこと。一方の手ばかり多用していると、その手を支配する側の脳しか刺激されない。左右の脳を生き生きと働かせるためには、両手使いを実践することである。例えば、右利きの人ならばボタンを左手でかけたり、食事のハシやナイフを左手で持って食べたりするのもよいだろう。
最後は、指運動。まず、両腕を真っすぐ伸ばして、床と水平になるまで持ち上げ、その位置で指と指ができるだけ離れるように思い切り開いたり、しっかり握ったりする。回数は一日五十~百回。続いて、手を頭の上に上げて、手首を外向き、内向きに回す。手首を外向きにねじる回外運動と、内向きにねじる回内運動を、続けて二十~三十回行うこと。
足と同様に、自らの手で脳を養うこともできることを忘れないでもらいたい。