さまざまな重症の疾患に起因して、突然起こる呼吸不全の一種
ARDS(Acute Respiratory Distress Syndrome)とは、さまざまな疾患に起因して、肺の中に液体がたまって血液中の酸素濃度を異常に低下させる急性呼吸不全の一種。急性呼吸窮迫症候群、急性呼吸促迫症候群とも呼ばれます。
このARDSは、死亡率が30〜40パーセントととても危険な疾患で、2〜3日間の短期間に強い息切れ、呼吸困難が起こり、左右の肺の中に液体がたまります。発症者の約3分の1は、敗血症という重く広範囲に及ぶ感染症の結果、発症しています。最初に膵臓(すいぞう)など、ほかの器官が重い損傷を受け、その後に発症することもあります。膵臓が損傷すると、酵素やサイトカインなどのたんぱく質が放出され、これが肺など体内のほかの器官や組織に障害を与えます。
ARDSの主な原因は、重く広範囲の敗血症、膵臓の炎症のほか、肺への食べ物の吸引、やけど、心肺バイパス手術、胸部の損傷、大量の煙の吸入、何らかの有毒ガスの吸入、高濃度の酸素吸入による肺の損傷、大量の輸血 、溺水(できすい)、ヘロイン・メサドン・プロポキシフェン・アスピリンなどの薬物の過剰使用、重症肺炎、長期間のまたは重度の低血圧(ショック)、肺塞栓(そくせん)症など。
肺胞や肺の毛細血管が傷付くと、血液や体液が肺胞の間の透き間に漏れ出し、やがて肺胞の内部にも入ってきます。多くの肺胞がつぶれる無気肺を起こし、サーファクタントという肺胞の内側の表面を覆い、肺の形を保つ働きをする液体の機能が低下します。
肺胞内に液体がたまり、多くの肺胞がつぶれると、吸い込んだ空気中から酸素を血液中に取り込めなくなるため、血液中の酸素濃度が急激に低下します。血液中から二酸化炭素を取り出し、空気中に放出する作用はそれほど影響を受けないため、血液中の二酸化炭素濃度はほとんど変化しません。
症状としては、まず息切れがみられ、普通は速く浅い呼吸を伴います。医師が聴診器を当てた場合、パチパチという水泡音(ベルクロラ音)や喘鳴(ぜんめい)音が肺から聞こえますが、異常音が何も聞こえないこともあります。血液中の酸素濃度の低下によって、皮膚に斑点(はんてん)や、皮膚の色が青っぽく変化するチアノーゼがみられたり、心臓などほかの器官に機能不全が生じ、心拍数の増加、錯乱、昏睡(こんすい)などが起こります。
ARDSによって血液中の酸素濃度が低下し、肺細胞で産生されるサイトカインなどの特定のたんぱく質や白血球が血流内へ漏れ出すことによって、ほかの器官に炎症や多臓器不全などの合併症が引き起こされます。
器官の機能不全は、ARDSの発症直後または数日後、数週間後に始まります。さらに、ARDSの発症者は、肺の感染症に対する抵抗力が弱まり、細菌性肺炎を起こしやすくなります。
ARDS(急性呼吸窮迫症候群)の検査と診断と治療
内科、ないし呼吸器科の医師による診断では、胸部X線像で両側の肺に液体の浸潤影が認められ、動脈血ガス分析で血液中の酸素濃度の低下が認められます。
ARDSは、呼吸器だけでなく腎臓や血液など多くの臓器の障害が起こるのが特徴であるため、集中治療室で治療されます。いまだに有効な治療法は確立されていませんが、必ず背景にある疾患に対する治療ができるかどうかに成否がかかっています。
現在、行われている治療は、呼吸管理と薬物療法の2つに大きく分けられます。いずれも早期診断と治療が重要で、予後を決定します。
呼吸管理では、肺の酸素を取り込む力が非常に低下しており、顔につけたマスクなどで酸素吸入をしても簡単には血液中の酸素が増えないため、口あるいは鼻腔(びくう)からチューブを気管に挿入する気管内挿管や、首の皮膚を切って気管に穴を開ける気管切開によって、気管にチューブを挿入し、人工呼吸器に接続します。
人工呼吸をするメリットは、高濃度の酸素を吸入することができること以外に、ピープ(PEEP)といって息を吐く時にも一定の圧力を肺にかけて肺胞がつぶれるのを防ぐことができ、呼吸を機械に任せ、自力で呼吸をしなくてもよいため、エネルギーの消耗を防げることなどが挙げられます。
逆に、人工呼吸に伴う合併症、例えば圧力を加えての呼吸による肺の損傷、感染症にかかる機会の増加などもあります。また、人工呼吸は根本的な治療ではなく、あくまでも肺の機能が回復してくるまでの時間稼ぎにすぎません。
薬物療法では、副腎(ふくじん)皮質ホルモン(ステロイド剤)が最も一般的に使用されています。たんぱく分解酵素の1つであるエラスターゼの働きを阻害するウリナスタチンという薬もよく使われます。
そのほか、細菌から分泌される毒素で、敗血症の時に重要な役割をするエンドトキシンに対する抗体、ある種のサイトカインに対する抗体、好中球が毛細血管壁に接着する時に重要な役割をする接着分子に対する抗体などが使われることがあります。これらは、より根本的な治療薬となる可能性を持っていますが、確実性という点でまだ問題があります。
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