体のほかの部分はそうでもないのに、顔だけに異常なほど汗をかく症状
顔面多汗症とは、顔から出る汗が異常に多く分泌し、日常生活にも影響が及んでいる症状。顔汗とも呼ばれます。
体温の調節に必要な範囲を超えて、汗が異常に多く分泌する症状を多汗症といい、全身性多汗症と、手のひら、足の裏、わきの下、頭、鼻の頭などにみられる局所性多汗症がありますが、特に顔にその症状が多く現れる顔面多汗症は、局所性多汗症の一種です。
暑い時、激しい運動をした時、緊張した時、興奮した時、熱い物・辛い物を食べた時などに、顔から汗がたくさん出るのは、誰(だれ)にでも起こる生理現象です。こうした機会とは関係なく、体温を下げる必要がない時、リラックスしている時にも常に汗が出てしまい、日常生活に支障が出るほどの症状を指して多汗症とされています。
体のほかの部分はそうでもないのに、顔から噴き出る汗ですぐに化粧崩れを起こしてしまう、常に汗で顔が湿っている、緊張するとポタポタと滴り落ちるほど顔の汗が出るといった場合は、顔面多汗症の可能性が高くなります。
顔面多汗症を含め、体の特定の部分に異常なほどたくさん汗が出る局所性多汗症は、その原因がはっきりとは解明されていません。ただし、発汗を促すのは自律神経の1つである交感神経なので、何らかの理由で交感神経の働きが過敏になっていると考えられています。
体が健康な状態であれば、汗は全身から出るのが普通です。顔にばかり汗をかいてしまうという場合、その原因としてまず、運動不足の可能性が考えられます。
発汗の最も重要な役割は、体温の調節です。体温が上昇しすぎると脳細胞がダメージを受けるため、体は汗を出すことで熱を逃がしているのです。体温調節のための汗を分泌しているのはエクリン汗腺(かんせん)で、ほぼ全身に分布して、汗腺の数は平均で350万個、少ない人で200万個、多い人で500万個あるといわれています。分布密度は1平方センチメートル当たり130~600個とされていて、肉眼では見えないほど小さな汗腺です。
しかし、すべてのエクリン汗腺が汗を分泌しているのではなく、実際に活動している能動汗腺は全体の半分程度といわれています。また、運動不足などで体温の上昇が極端に少ない生活をしていると、汗を分泌する機会が少なくなることから、心臓から離れていて冷えやすい下半身や腕などの汗腺は休眠状態に入ってしまいます。そのために、体温の調節をする際は、動きの多い顔などに集中して汗腺から出る汗が増えるのです。
顔の汗が気になる理由の一つに、蒸発しにくいベタベタの汗で気持ちが悪いという面があると思われます。
本来、エクリン汗腺から出る汗は、熱を逃がして体温を下げる働きがあり、皮膚表面から蒸発する際に気化熱を奪うため、サラサラしていて、すぐに蒸発するという特徴があります。体温が上昇すると、汗腺はオーバーヒートを防ぐために、血液から赤血球、白血球、血小板を除いた血漿(けっしょう)という液体を汗としてくみ出します。しかし、血漿には体に必要なミネラルも含まれているため、そのまま汗として出してしまうと体のミネラルが不足してしまいます。そこで、汗腺はくみ出した血漿から、体に必要なミネラルを再吸収して血液に戻し、水分とわずかな塩分だけを汗として分泌するのです。こうして、きちんと再吸収が行われた汗は、水のようなサラサラした汗になります。
しかし、汗をかく機会が少なく、汗腺の機能が衰えていると、再吸収がうまくできなくなります。その結果、ミネラルが汗に混じって分泌され、蒸発しくいベタベタの汗になってしまうのです。顔にばかり汗をかく人が顔の汗を気にするのには、このような理由もあると考えられます。
また、汗には体温調節のための温熱性発汗とは別に、緊張した時や動揺した時、ストレスを感じた時などに発汗を促す交感神経が刺激されることで出る精神性発汗、いわゆる冷や汗もあります。この場合も、突発的に出ることからミネラルの再吸収が間に合わず、ベタベタした汗になります。
精神性発汗も誰にでも起こる生理現象ですが、顔面多汗症の人は汗を気にしやすいため、早く汗を止めようと焦ったりしがちな結果、交感神経がさらに刺激され、余計に汗を増やしてしまうという悪循環に陥ることがあります。
また、顔にばかり汗をかいてしまうという場合、生まれ付きの体質や遺伝によって起こるケースもあるとされています。
次に、顔だけに限らず、全身に大量の汗をかいてしまう場合、甲状腺機能高進症、自律神経失調症、更年期障害、糖尿病神経障害などの疾患が潜んでいる可能性も考えられます。
甲状腺機能高進症は、新陳代謝を活性化させる甲状腺ホルモンが過剰に分泌される疾患で、代表的なものにバセドー病があります。全身の代謝が高まるため汗をかきやすくなるだけでなく、動悸(どうき)や息切れ、イライラ、食欲が盛んでよく食べるのに体重が減少するなど、さまざまな症状が現れます。
自律神経失調症は、呼吸や体温、血液の流れ、内臓の働きなどを自動的に調節して体の恒常性を維持している自律神経のバランスが乱れることで、体にさまざまな不調が現れる疾患で、発汗も自律神経の1つである交感神経がコントロールしているため、自律神経失調症になると汗が異常にたくさん出ることがあります。
更年期障害は、女性の月経閉止時期に当たる45~55歳ころに現れる不定愁訴で、加齢に伴う卵巣機能の低下によって女性ホルモンの分泌が低下すると、自律神経のバランスが乱れてしまいます。すると、血管の拡張や収縮をうまくコントロールできなくなり、汗が出たり、顔が火照ったり、のぼせたりするホットフラッシュという症状が起こることがあります。
糖尿病神経障害は、糖尿病で血糖値が高い状態が続くと、末梢(まっしょう)神経が障害されてなることがある疾患で、自律神経も末梢神経の1つなので、その働きが低下すると発汗異常や立ちくらみ、便秘、下痢、尿意を感じないなど、体にさまざまな症状が現れます。
さらに、汗が出るのが顔の片側だけの場合は、大動脈瘤(りゅう)や、縦隔腫瘍(しゅよう)の可能性があります。大動脈瘤は、心臓から送り出されたすべての血液を運ぶ大動脈にコブができること。縦隔腫瘍は、胸腔(きょうくう)を左右に区切る縦隔の中に発生した腫瘍のこと。どちらのケースも、その部分の交感神経が刺激されることで顔の発汗が異常に起こってしまうことがあります。
多量の汗には、ただ単に汗っかきなだけの場合と、多汗症などの疾患が潜んでいるケースがあります。日常生活に支障が出るほど顔の汗が多い、リラックスしている時でも顔の汗が気になるなど、何かしらの異常を感じる場合は、そのほかの疾患が潜んでいる可能性もあるので、まずは皮膚科、ないし皮膚泌尿器を受診してみるといいでしょう。
顔面多汗症の検査と診断と治療
皮膚科、皮膚泌尿器科の医師による診断では、問診、視診、触診で症状を確認します。また、客観的に発汗量を検査するためにヨード紙法、換気カプセル法も行います。
ヨード紙法は、ヨード(ヨウ素)を吸収させた紙を発汗部位に触れさせ、汗の量を見る検査法です。発汗部位に触れると汗を吸収して黒色に変色するのですが、重症の場合はヨード紙が全体的にベッタリと変色し、中等度の場合は汗腺と同じ位置に点状に変色するだけというように、視覚的にわかりやすいのが特徴です。
換気カプセル法は、発汗部分の皮膚に密閉できる小型カプセルを装着し、そこに乾燥ガスを入れて汗を蒸発させ、出てきたガスの湿度から発汗量を調べる方法です。
皮膚科、皮膚泌尿器科の医師による治療では、薬物療法を行うこともあります。有効とされる治療薬は特定されていませんが、手のひら、足の裏、わきの下の局所性多汗症と同じように、ボツリヌス注射や神経遮断薬、漢方薬、精神安定剤なら効果があるとされています。
ボツリヌス注射は、食中毒の原因菌でもあるボツリヌス菌が産生するボツリヌス毒素が作るタンパク質を有効成分とした注射です。汗は、交感神経の末端から放出されるアセチルコリンという神経伝達物質が、汗腺に発汗を促すことで分泌されます。ボツリヌス注射は、このアセチルコリンの放出を抑制し、汗を減らす注射で、1回の注射で半年ほど効果が持続します。顔の場合は、額に注射をして、額の汗を減らすために使います。ただし、副作用などのリスクもあります。
神経遮断薬は、アセチルコリンの放出を阻害して発汗を抑制する飲み薬で、多汗症の治療薬としては「プロパンテリン(商品名プロバンサリン)」が、唯一の認可薬となっています。全身に作用するので、顔に限らず全身の汗を止めるのに有効ですが、口の渇き、目のかすみ、眠気、胃腸障害、便秘などの副作用が出る場合があります。
漢方薬は、西洋医学の薬のように症状に直接作用するわけではないので、即効性がありません。しかし、体全体のバランスを本来の状態に戻して自己治癒力を高める効果が期待できるため、西洋医学では原因が解明できず、対処し切れないような疾患にも効果を発揮することがあります。同じ症状でも、患者によって処方される漢方薬は異なりますが、顔の汗が多い場合は柴胡桂枝乾姜(さいこけいしかんきょうとう)がよく用いられます。
精神安定剤は、精神的な緊張が強くて汗をかく精神性発汗の場合に内服することで、気持ちが落ち着き、症状が緩和されることもあります。
顔の汗が異常に出て仕事やプライベートに支障を来している場合、皮膚科の紹介により、外科、胸部外科、麻酔科などで手術を行うこともあります。ただし、多汗症の手術は副作用を伴うこともあるので、手術を受けるかどうかには慎重な検討が必要です。
手術は、主に胸腔鏡下交感神経節遮断術(ETS)が行われます。これは、発汗の指令を伝達している交感神経を切断する内視鏡手術です。交感神経は背骨の左右を上下方向に走っていますが、これを胸の辺りの高さで切断すると、汗が減少します。手のひらの汗を止めるための手術ですが、顔やわきの下などの汗も減少することから、顔面多汗症の改善にも用いられます。
具体的な手術方法としては、わきの下の皮膚を2~4ミリほど切って、小さなカメラを胸腔に入れ、モニター画面で胸の中を見ながら、胸の辺りにある汗の分泌を調節する交感神経を見付けて切断します。手術は基本的に、まず片方の交感神経を切除し、その後の体調の経過をみてから、もう一方の交感神経も切除するかどうかを決定します。
手術のメリットは成功率が高く効果に永続性があるということ、デメリットは交感神経を一度切除してしまうと元には戻らないということと、副作用として代償性発汗になる場合がほとんどであることです。代償性発汗とは、顔から汗が出なくなった代わりに、背中や下半身などこれまでと違った部位から大量の発汗が起こるものです。
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