小児まひにかかって回復してから、10年以上たった後に生じる手足の機能障害
小児まひ後症候群とは、小児まひ(ポリオ、急性灰白髄〔かいはくずい〕炎)にかかって回復してから、10年から数十年たった後に、手足の筋力の低下、関節の痛みや変形などを生じる機能障害。ポストポリオ症候群、ポリオ後症候群、ポストポリオ、ポリオ後遅発性筋委縮症、PPS(Post-Polio Syndrome)とも呼ばれます。
小児まひは、ピコルナウイルス科エンテロウイルス属のポリオウイルスが感染して、脊髄(せきずい)神経の灰白質という部分を侵すため、初めの数日間、発熱、頭痛、背骨の痛み、嘔吐(おうと)、下痢などの症状が現れた後、急に足や腕がまひして動かなくなります。
日本では5歳以下の小児の罹患(りかん)率が高かったことから、一般には小児まひと呼ばれることが多いのですが、大人がかからないわけではありません。病原ウイルスは感染者ののどにいますが、主な伝染源になるのが感染者の大便とともに排出されたウイルスで、さまざまな経路で経口感染します。季節的には、夏から秋にかけて多く発生します。
日本では1960年に新潟、北海道、九州で5000人を超える大流行があり、1961年からポリオ生ワクチンの服用が全国的に実施されています。1980年には、自然感染による小児まひが根絶され、現在ではポリオ生ワクチンからの2次感染でしか発症していませんが、海外ではまだ流行している地域があります。世界保健機関(WHO)では、撲滅を目指しています。
2006年の厚生労働省の障害者調査によると、小児まひによる18歳未満の障害者は推定3000人、18歳以上は4万3000人。明らかにしていない人を合わせると、障害者の総数は10万人近いという推測もあります。
このうち、ほとんどが幼小児の患者が毎年、多数発生していた時期に全国各地で罹患し、小児まひ後遺症を持った人たちが50~60歳前後に達したころに、小児まひ後症候群を生じて手足の筋力低下、しびれ、痛みなどの症状が生じて、日常生活ができなくなったりしています。最近15年くらいの間に日本や欧米の専門家によって精力的に調査研究された結果、小児まひ後症候群は小児まひの再発ではなく、小児まひの二次障害であることが確定しました。しかし、医師を始め、看護師、理学療法士、作業療法士、介護士などのパラメディカルスタッフに、小児まひ後症候群はまだ十分理解されておらず、不適切な治療やリハビリを受けているケースもあります。
小児まひ後症候群の頻度はポリオ経験者の20〜40パーセントといわれており、女性より男性にやや多い傾向があります。症状としては、筋肉が弱くなった、力が入らなくなったといった筋力低下と、筋肉がやせた、筋肉が細くなったといった筋委縮が多いほか、筋肉痛、関節痛、筋肉内の筋線維がピクピクと細かく動く過敏現象である筋線維けい縮、ピリピリ感など多彩です。障害のある手や足を氷のように冷たく感じる冷感、感覚鈍麻、腰痛、全身倦怠(けんたい)感を自覚する人もいます。
小児まひ後症候群の諸症状は、後遺症のある手や足に現れることが多いものの、他の側の手足に発現することもあります。
小児まひ後症候群はしばらくの間は進行しますが、数カ月~1年くらいで進行は停止します。筋力低下と筋委縮はかなりの程度に回復する人が多く、発症前の日常生活に戻ることができます。同時に、筋肉や関節の痛みやしびれ、疲れやすさも次第に消失します。しかしながら、一進一退を繰り返しながら少しずつ悪くなり、日常生活ができなくなるという人もいます。
幼小児期に経口感染したポリオウイルスは、急性期に増殖して、好んで脊髄の運動神経細胞に入り込みます。ウイルスが侵入した運動神経細胞は壊れて、消滅するので、それらの神経細胞から命令を受けていた手足の筋肉は動かなくなります。これが小児まひによる手足のまひであり、このまひが後遺症として残ります。
急性期が過ぎて体力が回復すると、生き残った脊髄の運動神経細胞から出る末梢(まっしょう)神経は、たくさんの枝を伸ばし始めます。これらの枝が、ポリオウイルスの侵入によって消滅した神経細胞から命令を受けられなくなって運動できないままでいる手足の筋肉につながって、これらのポリオウイルスに障害されていない筋肉を活動させるようになります。小児まひ発症の直後には全く動かなかった手足の筋肉が、少しずつ動くようになるのは、このためです。
小児まひ経験者は一般に努力家で、後遺症を持った手足に対して一生懸命に機能回復訓練をした人が多く、運動まひの残っている手足においても神経と筋肉がかなりよくつながって、機能をうまく果たしており、その後何十年にも渡って通常の社会生活を送っています。
このように、小児まひ後遺症のある手足の筋肉に命令を伝えている脊髄の運動神経細胞は、健康な人と比べると余分の神経の枝を出して長年頑張っていますが、50~60歳ごろになって分枝した神経の部分が疲れを生じて、委縮したり消滅し始めます。また、ちょうど初老期に達するため、老化現象の一つとして神経細胞が減ったり、神経のみなら筋肉自体も弱くなったり、神経と筋肉の接合部も疲れを生じることもあるのです。
小児まひ後症候群の際にしばしば現れる筋肉や関節の痛みやしびれは、追加して出現した筋力低下のために、その近辺の末梢神経や筋肉や関節に余分の負担がかかるために生じると考えられます。
筋力の低下によって起こる他の部位への影響なども深刻で、呼吸や飲み込みに関係する神経が障害されると、夜間の苦しさや飲み込みにくさを覚えることもあります。筋肉量が落ち基礎代謝が減るので、体重コントロールも難しくなります。
症状が生じた際は、神経内科や整形外科、内科、理学療法科(リハビリ科、リハビリテーション科)で神経、筋肉の障害を専門に診療している医師に相談しましょう。最近は全国各地にポリオの会ができており、お互いに連絡を取り合っていますので、もしもよい医師が見付からない場合には、最寄りのポリオの会に相談するのも一案。
なお、小児まひ後症候群を発症した人は、障害厚生年金の支給対象となっています。
小児まひ後症候群の検査と診断と治療
医師による診断では、小児まひ後症候群(ポストポリオ)検査入院を行うのが一般的で、2〜4週間の入院が必要とされます。血液検査、検尿、MRI、筋電図、心電図、X線、運動負荷試験などの検査のほか、必要に応じて装具を作り、運動療法や作業療法を実施し、運動の指導、日常生活の指導を含めたリハビリを行います。
小児まひ後症候群と似た症状を示す貧血や甲状腺(こうじょうせん)機能の低下、変形性脊椎(せきつい)症、骨粗鬆(こつそしょう)症などとの鑑別も行います。
医師による治療では、小児まひ後症候群に対する根本的な治療薬がない現在、そのリハビリと予防が最大の治療方法となります。
まず、無理な運動は避けて、安静にしたり、マッサージや入浴などでその部位の血液循環をよくすることが勧められます。小児まひ後症候群の急性期が過ぎて、筋線維けい縮、筋力低下、筋肉や関節の痛みなどの症状が消失または軽減してきたら、少しずつリハビリを始めることになります。
ラジオ体操や散歩などがお勧めで、運動の目安は1日の運動による疲労が翌日に残らない程度とします。数日から1週間ぐらい同程度の運動を続け、調子がよければ少し運動量を増して数日間様子をみます。具合がよければ、さらに運動量を増していきます。
予防としては、50~60歳前後の小児まひ経験者は、後遺症のある手や足に過剰な負担をかけないように気を付けることが必要です。この年代で集中的な筋肉トレーニングを行ったり、スキーや登山で足の筋肉を酷使した直後に小児まひ後症候群を発現したケースが、多く報告されています。体重増加(肥満)にも気を付けることが必要で、過体重が筋肉や関節に余分の負担をかけます。
初老期になると、脊髄や筋肉だけででなく、脳や全身臓器の機能も低下してくるので、全身をよく動かし、適度に歩き、趣味をたくさん持ち、偏食なくよく食べ、毎日を楽しく過ごすことが、小児まひ後症候群の予防になります。
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