頭蓋内の圧力が上がった症状を示さず、明らかな原因が不明な水頭症
特発性正常圧水頭症(すいとうしょう)とは、脳の内側にある脳室が拡大しているにもかかわらず、頭蓋(とうがい)内の圧力が正常範囲内で、明らかな原因が不明な水頭症。
水頭症自体は、脳の中や脊髄(せきずい)の表面を流れる脳脊髄液(髄液)が頭蓋内にたまり、脳の内側で4つに分かれて存在する脳室が正常より大きくなり、周りの脳を圧迫する疾患です。
脳脊髄液は、脳全体を覆うように循環して脳保護液として働き、脳を浮かせて頭部が急激に動くことによる衝撃を柔らげたり、部分的な脳の活動によって産生される物質を取り除く働きも併せ持つと考えられています。脳室で血液の成分から1日約500ミリリットル産生されて、1日で3回ほど全体が入れ替わる程度のスピードで循環し、最終的には、くも膜という脳の保護膜と脳との間に広がっている静脈洞という部位から吸収され、血液へ戻ってゆきます。
水頭症では、この脳脊髄液の産生、循環、吸収などいずれかが障害されることで、頭蓋内の圧力が高まり、さまざまな症状が出ます。
大きく分けて、胎児期に障害が生じる先天性水頭症と、生後に脳腫瘍(しゅよう)、がん、細菌・ウイルス・寄生虫などの感染で起こる髄膜炎、頭部外傷、脳動脈瘤(りゅう)の破裂や高血圧が原因で起こる脳内出血、脳室内出血、脳室内腫瘍などによって起こる後天性水頭症があります。
後天性水頭症では、脳圧が正常であるにもかかわらず症状が出現する場合もあります。これが正常圧水頭症であり、さらに、くも膜下出血、髄膜炎などといった明らかな原因がある続発性(症候性)正常圧水頭症と、明らかな原因が不明な特発性正常圧水頭症に分けられます。
特発性正常圧水頭症は、高齢者に多く発症し、その症状が認知症と混同されやすいことがあります。物忘れ外来を受診する人の3パーセント程度、認知症と診断されている患者の5〜6パーセントで、特発性正常圧水頭症が疑われるといわれています。早期に適切な治療を受ければ、症状が改善する可能性が高いため、特発性正常圧水頭症は「治る認知症」ともいわれています。
特徴的な症状は、歩行障害、認知障害、尿失禁の3兆候。発症者の約60パーセントに3兆候がみられますが、ほかにも表情が乏しくなったり、声が出にくくなったりすることもあります。
3兆候では、最初に歩行障害が現れることが多いとされます。足を左右に広げ、すり足や小刻みな歩き方になるのが特徴で、方向転換などでバランスを崩して転倒しやすくなるほか、次第に第一歩が出なくなり、立っていたり座っていたりする状態を維持できなくなります。
認知障害では、思考や行動が緩慢になり、放置すると物忘れがひどくなって、興味や関心の低下、さらには無反応へと進行します。アルツハイマー病のように、自宅から勝手に出てしまい近所をウロウロするような徘徊(はいかい)は認めません。また、パーキンソン病のように、手の震えは出ません。
尿失禁には、歩行障害や認知障害も影響しており、尿意切迫感や頻尿が出現することもあります。
特発性正常圧水頭症の診断は、神経を専門とする内科や脳外科、脳神経外科が行います。歩行の不自由さに、物忘れとトイレの問題などが加わって疾患が進行してしまうと、治療効果が少なくなりますので、早めの受診が勧められます。
特発性正常圧水頭症の検査と診断と治療
内科、脳外科、脳神経外科の医師による診断では、頭部のCT(コンピュータ断層撮影)検査、MRI(磁気共鳴画像撮影)検査などの画像検査を行います。脳脊髄液のたまりと脳室の拡大が確認できれば正常圧水頭症が疑われますが、アルツハイマー病などとの鑑別が難しい場合もあり、両者が併存することもあります。
そのため、腰椎(ようつい)から髄液を20〜30ミリリットル抜き取って症状の変化を調べるタップテスト(髄液排除試験)を行います。タップテストによって、症状が1~2日程度で軽くなれば、手術で改善する可能性が高いと考えられます。そのほか、頭蓋内圧測定、脳血流測定などを行うこともあります。
内科、脳外科、脳神経外科の医師による治療では、タップテストで髄液を抜き取って反応があった場合は、シャントと呼ばれる手術を行います。
本来の脳脊髄液の流れの一部分から、シリコンでできたシャントチューブと呼ばれる細い管を用いて、頭以外の腹腔(ふくこう)や心房などへ余分な脳脊髄液を半永久的に流す仕組みを作ります。もしくは、できるだけ脳を傷付けないために、腰椎から腹腔へシャントチューブを通して、余分な髄液を半永久的に流す仕組みを作ります。
脳脊髄液(髄液)を流しすぎると頭蓋内出血を来すことがあるため、シャントチューブには流れる量を調整する圧可変式バルブと呼ばれる部分がつけられます。
シャント手術後の特発性正常圧水頭症で示している症状の改善度は、治療の時期や症状の程度によって異なります。歩行障害で60〜90パーセント、認知障害で30〜80パーセント、尿失禁で20〜80パーセントとされますが、中には劇的に回復する例もあります。一般的には、最も改善しやすいのは歩行障害で、次いで尿失禁、記憶障害の順です。
手術後の合併症として、脳を覆う硬膜下血腫などのリスクはありますが、シャント手術自体はそれほど難しい手術ではありません。
3兆候が軽くなれば、日常生活の質(QOL)が向上して家族の負担も軽減されます。治療を受けた後は、定期的な医師の診察を受けることが必要です。
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