大動脈が右心室から、肺動脈が左心室から出ている疾患
大血管転位症とは、正常の人とは反対に、右心室から大動脈、左心室から肺動脈が出ているもの。生まれ付き大血管の位置関係が反対、すなわち転位になっている先天性心臓病です。
この疾患には、完全大血管転位症と修正大血管転位症の2種類があります。右心房と右心室がつながり、左心房と左心室がつながっているのが完全大血管転位症、右心房と左心室がつながり、左心房と右心室がつながっているのが修正大血管転位症です。
完全大血管転位症は、新生児期にチアノ-ゼを来す先天性心臓病の中では最も多いものです。極めて重症の心臓病であり、心室中隔欠損や心房中隔欠損がなければ、あるいは動脈管が開いていなければ、全身に酸素を含んだ血液を送ることが不可能で生きていられないため、1950年代までは助ける手段がありませんでした。動脈管を開存させるプロスタグランディンという薬の登場と、心臓外科の進歩により、治療成績は飛躍的に向上し、今日では90パーセントを超える救命率に達しています。
合併している心臓病の有無により、症状、経過は異なります。心室中隔欠損を合併していないものでは、生まれた直後からチアノ-ゼを認め、以後進行します。心室中隔欠損を合併しているものでは、チアノ-ゼは軽度ながら、泣いた時などに顕著に現れます。生後3週間から6週間で、多呼吸、頻脈、多汗などの心不全症状が明らかとなります。心室中隔欠損と肺動脈狭窄(きょうさく)を合併しているものでは、症状と経過はファロ-四徴症に類似し、肺動脈狭窄の強いものはチアノ-ゼもより高度になります。手術治療を受けなければ、生後1年以内に90パーセントは死亡します。
一方、修正大血管転位症は比較的まれな疾患であり、左右の心房と心室の関係が入れ替わり、さらに心室と出口の大血管の関係が入れ替わっているために、血液の流れが大静脈→右心房→左心室→肺動脈→肺静脈→左心房→右心室→大動脈→大静脈となっています。体から戻ってきた静脈血が肺へ送られ、肺から戻ってきた動脈血が全身に送られて、血液の流れは修正されているため、修正大血管転位症と呼ばれるのです。
血流からは大きな異常がなく、正常に過ごすことも可能ですが、この修正大血管転位症でも、多くの例で心室中隔や心房中隔の欠損症や不整脈を伴い、それにより重症度に差があります。生後1カ月以内に心不全症状を来すものから、80歳まで天寿を全うするものまで、症状、経過は個々の症例によりさまざまです。
心室中隔欠損を合併し、肺動脈狭窄がないものは、症状出現が早く、乳児期早期に心不全症状を起こします。右心室の入り口の弁である三尖(さんせん)弁閉鎖不全を来すものは、幼児期以降に運動時の息切れを起こします。心室中隔欠損と肺動脈狭窄を合併するものは、チアノ-ゼを起こします。心室中隔欠損や肺動脈狭窄の合併のないものでは、成人期まで症状もなく経過し、健康診断での心電図異常で判明したり、房室ブロックなどで不整脈から息切れや意識消失発作を来たして見付かる場合もあります。
大血管転位症の検査と診断と治療
完全大血管転位症では、心臓超音波検査で診断が確定します。さらに、心臓カテーテル検査を行い、心臓を養う血管である冠動脈の走行、心室中隔欠損の有無や位置などを確認し、治療方針、手術方法が検討されます。また、心臓カテーテル検査に際しては、心房中隔欠損を通じる血流交通が十分かどうかも調べ、場合によっては、風船カテーテルを用いて左右の心房間の交通を広げる、バス(BAS:Balloon Atrial Septostomy )治療を行って、チアノ-ゼの改善を図ります。
修正大血管転位症では、健康診断で通常行われる診断聴診所見、胸部X線検査、心電図といった検査で疑われた場合、循環器を専門にしている医療機関で心臓超音波検査を受ければ確定診断がつきます。いろいろな不整脈を合併していることが多いため、24時間心電図や負荷心電図なども必要。手術治療が考慮される場合には、心臓カテーテル検査でさらに詳しく冠動脈、三尖弁、肺動脈弁の形態や他の合併疾患を調べることがあります。
完全大血管転位症の治療では、まず動脈管の開存を維持するプロスタグランディンの点滴投与を行って、肺への血流を維持します。上記のように、心臓カテーテル検査に際してバス治療を行って、チアノ-ゼの改善を図る場合もあります。
外科治療では、肺動脈狭窄がない場合、入れ替わっている大血管を元に戻す手術である大動脈スイッチ手術(ジャテネ手術、ジャテーン手術)が第一選択になります。この手術に際しては、単に出口の血管を入れ替えるだけでなく、大動脈の根元近くから出ている冠動脈を移植する必要があります。乳児期以降には、心房内血流転換手術(マスタード手術、セニング手術)を行う場合もまれにあります。
肺動脈狭窄を伴っていて、大動脈スイッチ手術が適さない場合には、体肺動脈短絡術などを行って肺への血流を増やした後に、3~5歳で肺動脈の再建を伴うラステリ手術が行われます。ラステリ手術は、動脈血を心室内導管を通して大動脈に、静脈血を心外導管を通して肺動脈に流すものです。
手術直後は、人工心肺の影響などから、強心剤や利尿剤を投与します。一時的に肺高血圧の悪化を生じる場合もあり、注意が必要です。長期的には、多くの場合は正常児に近い発育が見込まれますが、手術後に肺動脈狭窄、大動脈弁逆流、不整脈などを起こすことがあり、定期的なフォローアップが必要です。
修正大血管転位症の治療においても、合併する心臓病によって手術が必要な場合があります。特に、小児期にチアノ-ゼ、心不全を生じる場合は手術により、その後の発育、生活の質の改善が見込まれます。症例によっては、大動脈スイッチ手術と心房内血流転換手術を組み合わせたダブルスイッチ手術を行うことで、より長期に良好な心機能が期待できる場合もあります。
成人期の心不全症状に対しては内科的治療が第一となりますが、三尖弁逆流が進行してきた場合は外科治療も考慮されます。また、完全房室ブロックで徐脈による運動時の息切れ、意識消失発作などの既往があれば、ペースメーカー治療が考慮されます。動悸(どうき)発作など脈が速くなる頻脈性不整脈には、抗不整脈薬やカテーテル治療が考慮されます。
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