●腸の働きについて
人体の下半身からの出物として、腸からの大便という固形物、すなわちウンコがある。
この大切な排泄物の出具合が悪くて、朝から「やれ下痢だ」、「また便秘だ」と、腹を抱えてうずくまったり、苦しんでいたのではいただけない。人間が健康を手に入れるには、やはり内臓の正常な働きが必要なわけである。
そこで、腸の仕組みについて、まずは小腸から探っていこう。
最近の生理学の教えるところによると、人間の小腸という消化器官は、取り出せば、七~八メートルにもなるという、とんでもなく長い管状の臓器である。自分の腹に手を当ててみても信じられないほどだろうが、通常、体の中では、およそ三メートルほどの長さに縮んで収まっている。
なぜそんなに長いかといえば、人間が生きていくためには、胃で消化された食物から栄養やエネルギーを摂取、吸収しなければならないからである。
しかも、小腸の内側は、絨毛(じゅうもう)の表面をまた絨毛でおおうという、無数の絨毛で埋め尽くされた構造で、必死に表面積を稼いでいる。その表面積は、何とテニスコート二面分に相当するという。さらに、一本の絨毛は約五千個の栄養吸収細胞からできており、小腸全体で千五百億個と推定される。驚くべきは、人体の機能、働きの素晴らしさである。
こうした構造を持つ消化管である小腸は、胃から、かゆ状となって送り込まれた食物を、改めて消化したり、栄養を吸収し、大腸へ送り出す重要な役割を持つ。
詳しくいうと、胃のほうから十二指腸、空腸、回腸に、小腸は大きく分けられる。それぞれが消化酵素を多量に含んだ腸液を分泌し、あるいは膵臓(すいえき)からの膵液、胆嚢(たんのう)からの胆汁も一緒に合わせて、最終的には、かゆ状食物から栄養を取り入れていくのである。
●栄養を吸収する小腸、便を形作る大腸
かゆ状の食物が栄養のほとんどを吸収され、小腸を後にするのは、食後四~六時間といわれている。身ぐるみはがされた残滓、液状のカスとなって、大腸に到達する。
盲腸から始まる大腸は、時計回りに上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、そして直腸に区別できる。
この大腸の大きな役割は、先の液状のカスから水分と電解質を吸収し、固形物、すなわちウンコを作ることである。
ウンコは、下行結腸からS状結腸にとどまる。その後、ある一定の量にウンコが達した場合や、胃に食物が入った刺激で起こる大きな蠕動(ぜんどう)運動があると、ウンコは直腸に送られる。この時の圧力を自律神経が察知して大脳に伝えると、便意を催すという仕組みだ。
この間、およそ二十四時間から七十二時間。口にした食物がようやく、腸の末端の肛門(こうもん)から出てくるのである。
このようにして、我々日本人は、一日に平均で百五十グラムから二百グラムほどのウンコを出すのである。一日当たり百五十グラムとして、八十年間生きれば、単純計算で五トン近くの排出となる。
では、出てきた我々人間のウンコは、なぜ一様に臭いのであろうか。実はみな、腸に住む細菌のせいである。
特別な環境で出生、飼育された無菌動物のウンコは、栄養を吸収された食べ物の残りカスだけだから、臭くない。一方、我々のするウンコは普通、三分の一から二分の一が腸内細菌ともいわれており、特有のにおいは腸内細菌の分泌物が原因なのである。
言い換えれば、人間のウンコは細菌のウンコによって臭い、ともいえるのである。
ところで、人間は誰でも、一生に一度だけ臭くない通じをする。生まれて一番最初にするウンコが、それである。
胎内で、母親の免疫系に守られている胎児は、いわば無菌状態で、腸にも細菌がいない。そのため、赤ちゃんが胎内でためていて、生まれてすぐするウンコは、臭くないのである。
しかし、生まれた翌日のウンコには、すでに大腸菌を始め、腸球菌や乳酸桿菌(かんきん)など、一グラム当たり一千億個の菌が見られるのである。
●便という体からの情報は役に立つ
先に、日本人の一日のウンコの量は平均で、百五十グラムから二百グラムと述べたが、アメリカ人はせいぜい百五十グラムである。
これは、日本人のほうが植物繊維を含む食べ物を多くとっているからなのだ。人間の腸は、植物繊維を分解する酵素を持っていない。だから、植物繊維はそのままカスとして出てくるのである。「便秘気味の人は野菜を食べよ」といわれるのは、繊維質が残ったほうが便がかさばって出やすくなるからなのだ。
よって、便秘も日本人よりアメリカ人のほうが多いのである。植物繊維を多くとっているアフリカ原住民には、一日に七百五十グラムもの便をする種族がいるとのこと。
比較ついでに、日本人とアメリカ人の一物はどちらが臭いかというと、ずばり答えはアメリカ人である。
一般の日本人の食事は、低蛋白、低脂肪、高炭水化物、高食塩、高繊維。欧米人はその逆で、高蛋白、高脂肪、低炭水化物、低繊維。ウンコのにおいで特に臭いインドールや硫化水素は、みな蛋白質のアミノ酸が細菌によって代謝されてできるのである。
また、植物繊維には、腸内のビフィズス菌などの善玉菌を増やし、同時に悪玉菌が繁殖する前に排泄をうながすという働きも期待できる。加えて、ウンコの量を増すということは、薄めるということでもあるから、蛋白を多く摂取するアメリカ人のほうが一物が濃い。すなわち臭いといえるだろう。
しかし、最近は日本人の食生活も急速に欧米化しているから、排泄物もどんどん臭くなっているはずである。
もう一つ比較すると、動物はみんな排泄行為をするのに、お尻(しり)をふくのは人間だけである。が、動物も人間も、消化器官の仕組みはたいして変わらない。
コロコロとした丸いウンコができるウサギは、腸が長いために、水分を絞りとってしまうのである。我々人間も、便秘をすると固くてコロコロした一物が出るのは、徹底的に大腸で水分を絞りとられた結果のようである。
さて、体内で不要になって排泄された大便も、実は、体外に出た後も役に立つ存在なのである。今、世の中はリサイクル・ブームであるが、ウンコも負けてはいない。自然農法やウンコを飼料にした豚や牛の飼育が見直されているし、リンやビタミンB12を大量に含む資源としても注目されている。
リサイクルの極端な例は、先のウサギのコプロファジー(食糞症)である。ウサギは一日一回、普通の便とは違うコプロファジー用の便をするが、それを食べられないようにしてしまうと、衰弱して死んでしまう。ウサギは草や木の葉を一度体内のバクテリアで発酵させ、出てきたウンコを食べることで、不可欠な蛋白質やビタミンを補っているようだ。
人間の場合はそういう極端なリサイクルは無理にしても、体からの黄金の出物は健康の指標として役に立つのである。
ウンコはいわば食べ物の残滓であり、カスであるが、二十四~七十二時間にわたる自分の体の情報、とりわけ胃腸のメカニズムがはっきりと現れる。
体からのメッセージの解読法を心得ておくのは、誰にとっても決して無駄にはならないはずである。
基本となる正常便の量は、一日に百~二百五十グラム。形は太めのバナナ状で、色は黄褐色が理想的だ。水洗便所の水に浮けば、もういうことはない。一日にちょっと茶色いバナナ二、三本も出ていれば、内臓はたいそう健康である証拠。
平均百五十~二百グラムといわれる便の組成は、約七十五パーセントが水分、残り二十五パーセントが固形成分であり、意外なことに便の大部分は水分なのである。
●厄介な下痢が起こるメカニズム
健康の証(あかし)の正常便に対して、誰もが経験したことがある便のトラブルは、便秘と下痢であろう。
二つの厄介な症状は、大腸の機能が正常に働かなくなった時に起こる。食べ物の栄養の約九割を吸収してしまう小腸に、トラブルはほとんど見当たらないといわれ、問題が生じるのは残りカスをウンコにして排泄する大腸なのである。
まず、いわゆる下痢の原因は、大腸が水と酸・アルカリ・塩類の電解質を正しく吸収できないことによる。正常な便は七十五パーセント程度の水分を含んでいるが、この割合がさらに高くなると泥状になったり、液状になったりするのである。水分を大量に含んだままでは、便は固まらないという単純な理屈だ。
しかしながら、下痢に至る過程は、主に二つが挙げられる。
一つは、ストレスなどが原因で、腸の蠕動運動が激しくなり、水分を吸収し切れないまま内容物が直腸に向かってしまうもの。試験の前になると決まって、トイレにゆきたくなったなどという経験がある人も、多いことだろう。
二つ目は、膵臓疾患などで、腸粘膜からの水分吸収が妨げられた時に起こるもの。二日酔いの下痢もこれに当たり、アルコールの作用によって、膵液の分泌が後退し、脂肪が分解されずに大腸へ送られるために、水分の吸収が妨げられるのである。
牛乳を飲むと下痢をしてしまう人も、多いだろう。これは乳糖不耐症と呼ばれ、日本人では五人に一人の割合で存在する。牛乳に含まれる乳糖は、小腸で分泌されるラクターゼという消化酵素によって分解され、吸収される。乳糖不耐症の人は、このラクターゼが少ないため、乳糖は大腸で細菌によって分解される。この時に作られた乳酸や炭酸ガスが、腸を刺激して、腹痛や下痢を引き起こしてしまう。
ともあれ、アルコールや牛乳によるものはじきに治ってしまうが、下痢をともなった腹痛が起こったら食中毒、左下腹部が痛み、頻繁に下痢をする場合は急性大腸炎の疑いがあるので、注意を促しておきたい。専門医の診断を仰ぐのが賢明である。
また、激しい下痢などのため脱水症になったら、常識にこだわらず大いに水を飲むことを勧めたい。体の水分が尿になって排出されるのは健康な生理的現象であるが、この下痢をしたり、吐いたりというのは、脱水作用といって非生理的なものであるといわれる。
ことに子供の体には水分の予備が少ないから、十回ぐらい下痢をすると脱水症状を起こしてしまうことが多い。下痢の時には、余計に水を飲ませるべきである。
●便秘を極度に気にする必要はない
一方の便秘の原因を探ろう。例えば、消化のいいものばかりを食べて、繊維が足りない場合、材料不足のためになかなか便にならない。排泄まで時間がかかるのである。それでも、腸は水分をとれるだけとろうと律義に働く。結局、水分のないカチカチウンコになってしまうのである。
トイレにゆくのを我慢して、便意を無視し続けることも原因。おおげさにいうと、しまいには便意の感覚がマヒする。せっかくウンコの元が直腸まで到達しても、便意が起こらなければ、ウンコはそのまま滞ってしまうわけである。
この便秘には、個人差がある。仮に二日、三日出なくても、便が硬くなく、不快感がなければ正常といえる。昔から三、四日に一回の通じを習慣にしてきたが、全く不都合を感じないし、ずっと内臓の健全と体の健康を維持し続けている、という百歳人もいる。
東京都新宿区にある日本百歳会が、平成五年に新百歳人になった四百六十五人を対象に実施したアンケート調査で、便通についての有効回答を見ると、「毎日」が百八十六人、「一日置き」が七十一人、「二、三日に一回」が二十七人。「便秘がち」の人も九十八人いた。
高齢になるにつれて、食事の量も運動の量も減り、従って排便の回数も少なくなるのは当然としても、若い頃からずいぶん間遠な百歳人もいた。一般に、排便は毎日、一定の時間にあったほうがいいようにいわれるが、それは望ましい形であって、必ずしもそうでなくてもいいようである。
女性の中には、一週間くらいウンコが出なくても平気な人さえいる。それでも本人が苦痛でないならば、便秘とはいえない。少ししか食べなければ、内容物は少ないわけだから、なかなか出ないということもあるのだ。
極端な例を挙げれば、宇宙食のような無駄を省いた食べ物を食べると、便の量は二分の一から四分の一に減るという。
俗に、便秘を長く続けると、糞便が腐敗して毒素が吸収されるというようなことがいわれるが、必ずしもそうではないようである。
むしろ、便秘をすると体に悪いとか、おなかに汚いものがたまっているという気持ちそのものが、精神に悪影響を与え、さらに便秘が続くということもある。
皮膚などは精神の影響を大きく受けるから、便秘はいけない、便秘で毒素が体に回ると肌が汚くなるなどと気にすること自体が、肌を悪くしていて、不健康でザラザラした皮膚の感じを与えるようにも思われる。
事実、誰にとっても、快便というのは気持ちのよいものであるし、体の汚いものが一気に出ていったような気分がする。しかし、便秘気味でも、極度に気にするのはかえって体を不健康にしたり、社会生活、対人関係に悪い影響を与え、いろいろなことがうまくゆかない原因になったりすることは、よく覚えていただきたい。
●便の色と形で内臓の機能障害を知る
世の中で、こういった便秘の悩みを持つ人は、男性より女性に多いようである。女性は生殖のために子宮と卵巣という器官を抱えているが、けっこう重さがある上に、生理時には多少膨張したりするので、隣り合った腸の蠕動運動を圧迫して便秘につながるのである。
男性の精子を作るための生殖器官は、性器周辺にコンパクトにまとまっているのに対して、女性の生殖器官は形も大きく、メカニズムも複雑になっている。従って、腸に影響があるのも致し方ないことかもしれない。生理的には、ホルモンバランスも影響してくることなのである。
ただ、医師たちは女性たちの便秘に対して、心理的な理由もあると指摘している。特に、働く女性に多い「独特な羞恥(しゅうち)心」だというのだ。朝、ろくに朝食もとらずに家を出る。朝食をとったとしても、トイレの時間をゆっくりと確保できない。実際、何よりも化粧を優先させる女性が多いのである。
仕事場では、便意を催しても、会社のトイレでは嫌なのである。男性から見たら不可解なことかもしれないが、「ウンチしている」というのは同性にも悟られたくないのだという。我慢していると、そのうち便意が消える。そんなことを繰り返しているうちに、習慣性の便秘になることも少なくないというわけだ。
習慣性の便秘はともかくとして、一般の人の便秘の主要原因は、結局、水分の吸収異常であった。このトラブルを防ぎ、大腸の機能を正しく保つには、食物繊維と乳酸菌が不可欠である。
食事で野菜や海草を多くとるように心掛け、広く出回っているヤクルト菌、ビフィズス菌などの乳酸菌を含む飲料やヨーグルトも利用したらよいだろう。乳酸菌は乳酸や酢酸を作り出し、腸内を酸性に保つ。この酸性の刺激が腸の蠕動運動を盛んにし、感染予防にも一役買う。
大腸の調子が整えば、立派な便が規則正しく出る。踏ん張れる。快調な毎日を送れるのである。
さて、下痢や便秘のほかにも、自分の体からの黄金の出物は、その色や形で胃腸のメカニズムの異常を知らせてくれる。自分の便を見れば、病気を発見できる場合もあるのだ。
ふだんの正常便と違う白っぽい便が出たら、肝臓や胆嚢などの異常によって、胆汁が腸に送られなくなったことを意味する。要するに無着色のウンコだ。
次に、脂肪分をとりすぎれば、すっぱいにおいのベタベタした便になるし、白いブツブツがあり、しかもプカプカ浮くウンコが出たら、脂肪便である。これは、膵臓から分泌され脂肪を分解する膵液の不足によるもので、特に高カロリー食を好む美食家は用心が必要。
ほかに、肉眼で見る便の色で注意したいのが、血の混ざった便。これには二種類あって、一つは真っ赤な血便。これは肛門に近いところの出血によるもので、粘液便なら直腸ガン、それ以外なら痔(じ)の疑いがある。
もう一つは、同じ出血でも黒い便が出る場合。こちらは胃や小腸、大腸が出血し、それが腸管を通過するうちに酸化して黒色になるというパターンである。その他、黒い便は、肉食を好む人にも多いという。
形で注意したいのは、大腸ガンで腸狭窄(きょうさく)を起こせば、便が細くなること。
いきなり病院に担ぎ込まれる前に、毎日自分の目で、便からのメッセージを読み取る能力を養っておくのが、内臓へのいたわりというものである。
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