がん患者の女性から卵巣を取り出した後、急速に冷凍して保存し、治療が一段落したら再び移植する不妊治療で30歳代から40歳代の3人が出産していたことが19日、明らかになりました。聖マリアンナ医科大学(川崎市宮前区)が手法を開発し、臨床研究を進めていました。国内ではこの手法で、若くして月経がなくなった早発卵巣不全の女性が出産した例があるものの、がん治療を受けた患者の出産が明らかになるのは初めて。
がん患者が治療前に生殖能力を温存するための選択肢が広がり、特に月経が始まっておらず卵子を採取するのが難しい小児がん患者の重要な手段になると期待されます。
がん患者は抗がん剤や放射線治療によって卵巣の機能が失われ、不妊になるリスクがあります。これを防ぐため、聖マリアンナ医科大学のチームは、患者の卵巣を腹腔(ふくくう)鏡手術で摘出し、短冊状に切り分けて急速に冷凍して保存、がんの治療が一段落した時点で、卵巣を融解して体内の元々あった場所や近くの腹膜に移植する治療法を開発しました。卵巣には卵子のもとである原始卵胞が大量にあります。
2010年から臨床研究として実施しており、これまで13人が凍結した卵巣を移植。2020年から今年にかけて、乳がんや悪性リンパ腫で治療をしていた兵庫県などの女性3人が自然妊娠や体外受精で出産しました。
同様の医療には受精卵や卵子を凍結する手法もありますが、がん治療開始までの期間と月経の周期がうまく重ならないと実施が難しかったり、がん治療を一時中断する必要があったりしました。そのため、タイミングが制限されない卵巣の凍結が選択肢となりました。
現在は技術が進歩し、いつでも卵子を採取できるようになったため、臨床研究の主な対象は、卵子が採取できない子供になっています。
聖マリアンナ医科大学の鈴木直主任教授(産婦人科学)は、「がんの恐怖と向き合いながら将来子供を授かるという希望を持って卵巣を凍結する人たちにとって今回の成果は朗報だと思う」と話しています。
がんと診断された後に卵巣を凍結し、治療後に再び体内に戻す手法を使って出産した3人のうちの1人は、「希望を持って前向きにがんの治療に取り組めた」と話しています。この手法は月経が始まっていない子供のがん患者にとって特に重要な選択肢になると考えられ、卵巣を保存する意義を患者や両親にどう説明するかが課題です。
兵庫県播磨町の看護師越智静香さん(42)は2012年9月、乳がんだと判明。悪性度が高く、手術に加え、抗がん剤や放射線治療、がんの増殖を抑えるホルモン療法が必要でした。主治医から「子供を産むのは難しくなるが、しっかり治療する必要がある」と伝えられました。
1年ほど治療に取り組んだ後、月経が再開。この時点で、生殖機能の温存を提案され、聖マリアンナ医科大学が開発した卵巣凍結を知りました。受精卵を凍結する選択肢もあったものの、ホルモン療法を数カ月止めなければいけなかったため、卵巣凍結を選び、2014年3月に片方の卵巣を保存しました。
越智さんは、「前向きにがんの治療に取り組むため、治療後に妊娠、出産できる可能性を残したかった」と振り返ります。
ホルモン療法を続けた後、2019年9月に卵巣を戻しました。凍結した際、卵巣にがん細胞が入り込んでいたら体内に戻した時に一緒に入ってしまうリスクがあると説明を受けていました。不安だったものの、海外ではがん細胞が入り込んだ事例はないと聞き、移植を決めました。
不妊治療で4個の受精卵ができ、1回目の移植で妊娠。昨年10月、長男の健太くん(1)が生まれました。越智さんは、「私たち夫婦の妊娠、出産を応援し支えてくれた医療関係者の皆さんや家族、友人に感謝している」と喜んでいます。
卵巣凍結は、生殖機能を温存する手法の有効性や、実施した事例の情報を集める厚生労働省の研究促進事業として進められています。数年前から、研究対象はまだ月経が始まっていない子供に移っています。月経が始まった後、月経周期に関係なくいつでも卵子を採取できる技術が普及し、がんの治療前に卵子や受精卵を保存しやすくなったためです。
課題は、妊娠や出産が10年以上先になる子供に卵巣を凍結する意義をどう伝えるか。両親の理解も欠かせません。聖マリアンナ医科大学の鈴木直主任教授らは、全国の小児がん拠点病院で啓発に取り組んでいます。患者や両親への説明において、がん治療を担う主治医の役割は大きく、説明の際に使う動画も作成しました。
鈴木教授は、「卵巣を保存するためにがんの治療が遅れてしまったら本末転倒。情報を早く伝えるには小児科の先生たちとの連携が重要で、ネットワークづくりを進めている」と話しています。
2022年11月22日(火)