新型コロナウイルス感染者への対応が原因でうつ病を発症したとして、介護施設に勤務する60歳代女性が労災認定されました。女性は普段、事務職として働いていたものの、施設内でのクラスター(感染者集団)発生で介護職員が不足し、感染した入所者の介護や遺体の移動を急きょ命じられていました。労働問題に詳しい弁護士らは「コロナ対応のストレスが原因の労災認定は珍しい」としています。
女性の代理人を務める谷真介弁護士(大阪弁護士会)などによると、女性は兵庫県宝塚市の介護老人保健施設で、入所手続きなどを担当する支援相談員として働いていました。その施設で2021年4月に大規模なクラスターが発生。認知症の人が暮らすエリアの入所者36人が感染し、同エリアで働く職員17人も感染する事態となりました。
当時は変異型「アルファ型」が猛威を振るう「第4波」のまっただ中。入所者の搬送先は見付からず、働ける職員も足りなくなり、女性は4月のある日、施設の運営法人の理事長から「(認知症入所者のエリアに)行ってくれへんか」と指示され、同エリアで計6日間勤務。入所者への配膳やおむつ交換など介護の仕事をするようになりました。
施設内で8人が死亡したため、女性は看護師と一緒に遺体を運ぶ作業にも携わりました。遺体は感染防止のため透明のビニール袋に覆われ、作業中は故人の顔を間近で見ざるを得なかったといいます。
女性は施設に就職する前、介護ヘルパーとして働いたことはあったものの経験は浅く、突然の指示でコロナ感染の最前線に立たされ「孤独でつらさを感じた」といい、遺体との対面時も「動けなくなり、経験したことがないショックを受けた」と振り返ります。防護服の支給は1日1着で、休憩で脱ぎ着する際は感染リスクにさらされました。高齢の母ら同居家族への感染を防ぐため約2週間自宅に帰れず、ホテル暮らしを余儀なくされました。
5月から事務職に復帰したものの、遺体の光景がフラッシュバックするなどして下旬ごろから食欲不振や不眠といった症状が出て休職。6月に病院を受診し、うつ病と診断されました。女性は現在も休職しています。
女性の労災申請を受けた西宮労働基準監督署は2023年5月、うつ病の発症は労災に当たると認定しました。当時は高齢者らへのワクチン接種が始まったばかりで、女性は感染の恐怖を感じながら業務に従事していたと指摘。さらに遺体の搬送作業で心理的な負荷が強まったと判断しました。クラスター発生後の時間外労働も月50時間で、前月に比べて2倍に急増したことも考慮しました。
新型コロナの流行などを受けて、厚生労働省は、精神障害の労災認定基準に「感染症などの病気や事故の危険性が高い業務」も加える見込みです。新認定基準は秋にも運用が始まります。
女性は代理人を通じて、「(当時は)いつまで頑張ればいいのかわからず、しんどい気持ちが蓄積された。状況がよくなっているのか悪くなっているのか、施設内での情報共有がもっと必要だったと思う」とコメントしました。谷弁護士は、「労基署の判断は実態に沿った妥当なものだ。今後基準が改定されれば、同様のケースは労災認定されやすくなるだろう」と話しています。
施設の運営法人は「コメントは差し控える」としました。
新型コロナウイルスに対応する介護職員のメンタルケアに役立ててもらおうと、厚労省は2021年、専用のガイドを策定しました。
この中で、新型コロナウイルスに対応する介護の現場では、重症化しやすい高齢者に感染させないよう細心の注意を払いながら職員が業務に当たる必要があり、「平時よりも大きな心理的ストレスを抱えている状態にある」と指摘しています。
そして、今まで以上にメンタルヘルスケアに留意した職場環境を整えることが重要だとして、ガイドでは、メンタルヘルスケアについての教育や研修の実施や、相談しやすい環境づくり、ストレスチェックの実施など、職場で行える対策の実施を呼び掛けています。
2023年8月18日(金)
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