55歳以下で発症した肺気腫で、肺胞が破壊されて呼吸困難が発生
若年性肺気腫(はいきしゅ)とは、喫煙の有無にかかわらず、55歳以下で発症した肺気腫のこと。若年発症COPD(Chronic Obstructive Pulmonary Disease)とも呼ばれます。
肺気腫は一般的には60歳以上の高齢者に多くみられ、肺の組織が破壊されて機能低下を起こし、呼吸困難を生じる疾患です。慢性気管支炎と合わせて慢性閉塞(へいそく)性肺疾患(COPD)と呼ばれ、気道閉塞がみられる疾患群の一つとして扱われています。肺気腫と慢性気管支炎を合わせた慢性閉塞性肺疾患(COPD)は糖尿病なみに多く、日本での患者数は500~700万人と推定されていますが、実際に治療を受けている人は20数万人程度といわれ、著しく診断率が低いことが問題になっています。
肺気腫についてはまだまだわからないことが多いのですが、肺の中の気管支の末端にあって、酸素と炭酸ガスの交換作用を行っている肺胞という組織が何らかの障害を受け、壊れやすい状態になるのが、疾患の基本的な原因だと考えられています。
約3億個ともいわれる肺胞を壊す主な原因は、たばこの煙や大気中に含まれる汚染物質。肺胞は1日に約1万リットルの空気の出し入れをしており、さまざまな刺激によって生じる炎症から肺胞が壊されないように、炎症細胞が出す酵素(エラスターゼなど)に対する防御物質(アンチエラスターゼなど)を持っています。しかし、長年の汚染物質の刺激によって、絶えずエラスターゼが出され続けることにより、防御物質では防ぐことができず少しずつ肺胞が壊されます。
本来、肺胞は一つ一つが弾力性に富み、息を吸う時に膨らみ、吐く時に縮みます。壊れて弾力性が著しく低下したり、全く失われた肺胞が増加していくと、その分だけ肺機能が低下し、取り込める空気の量が低下します。とりわけ肺の収縮が行われにくくなるため、空気を吸い込めても、吐き出すことがうまくいかなくなります。 徐々に進行し、肺胞が破壊を繰り返すと、ブラという袋を形成してしまいます。そして、肺の血管が細くなったり、肺全体が膨張し、呼吸筋である横隔膜を押し下げたり、心臓を圧迫したりします。
呼吸細気管支を中心に肺胞壁が壊れる場合と、肺胞壁全体が壊れる場合があり、喫煙による肺気腫のほとんどは前者です。
一般に、40歳代以降で長く喫煙を続けてきた人にみられ、発症者の8割以上が喫煙者であることが報告されています。男性に圧倒的に多くみられますが、女性より男性のほうが多く喫煙をするからだろうと考えられています。同じくらいの本数のたばこを同じ期間吸い続けた場合には、男性よりも女性のほうが発症しやすいというデータもあります。
ごくまれに、α1ートリプシンという酵素が先天的に欠損している場合に、環境因子が加わって、肺気腫を発症することもわかっています。そのほかに、家族集積性があることなどから、遺伝的要素も推定されています。
自覚症状としては、体動時の息切れ、息苦しさが主です。若年性肺気腫の症状として代表的な息切れは、季節変動や日内変動がそれほど著しくなく、階段の上り下りや軽い運動など体を動かした時に強くなり、休むと改善します。息苦しさは、膨らんだ肺が横隔膜や心臓を圧迫すると感じやすくなり、胸部が前にせり出して樽(たる)状になります。
疾患の進行とともに、息切れは徐々に悪くなり、自分のペースで平地を歩いていても、安静にしていても呼吸困難を生じるようになります。風邪を引いたり、こじらせて気管支炎や肺炎を併発すると、息を吐き出す力がうんと弱まるため、息切れは一段と強くなります。
また、肺の疾患に多くみられる症状である、せき、たんも多くなります。せきは、肺気腫に感染症を伴ったり、肺動脈圧が高くなり右心室の肥大拡張が生じる肺性心になった時など、症状が短期間に著しく悪くなる急性増悪の時に多く認められます。たんは、慢性の気道炎症により過剰になった気道分泌物によるもので、やはり、急性増悪の時に多く認められます。
若年性肺気腫の検査と診断と治療
内科、あるいは呼吸器科の医師による若年性肺気腫を含めた肺気腫の確定診断は、肺の組織を採取して顕微鏡で観察し、初めて決定されます。肺線維化の所見を認めず、呼吸細気管支を中心とした肺胞壁または肺胞壁全体の破壊と拡張が病理形態的に確認されることが必要です。しかし、肺の組織を採取することは発症者の苦痛を伴いますので、通常は胸部レントゲン写真とCT写真、呼吸機能、血液検査などから総合的に判断します。
肺気腫の治療では、壊れた肺胞組織を再生させる方法がないため、現状維持と症状の改善を目的とした治療が行われます。発症時に、たばこを直ちに中止しても、疾患の進行をなくすことはできません。しかし、そのまま吸い続けると、肺気腫の急激な進行も予想され、まず禁煙することが最重要です。周りの人の吸っているたばこの煙である副流煙も、自分で吸うのと同じように悪いことがわかっていますので、喫煙者の多くいる環境は避けたほうがよいでしょう。
根治治療となるのは、外科手術による肺の移植です。といっても、臓器手術は提供者との移植適合性を考えて行わなければならないため、あまり現実的な方法であるとはいえません。現在、肺気腫の新しい治療法として注目されているのが、肺減量療法と呼ばれる外科手術です。この治療法は、肺胞が壊れた患部を切除して肺の大きさを縮め、肺機能を正常化するというもの。肺減量療法には、両肺の手術を一度に行うことができる胸骨正中切開法と、切開する個所が小さく発症者の負担を抑えられる胸腔(きょうくう)鏡法があります。
若年性肺気腫を含めた肺気腫の内科治療は、根治治療が望めるものではなく、症状の進行を遅れさせることを目的としたものです。薬剤の投与を行い、肺機能を維持することを目的とします。
初期で、階段の昇降や坂道での息切れや、息苦しさを自覚したての時には、肺での空気の出し入れがしやすくるように、気管支拡張剤の内服や、気道のクリーニングのために、たんを出しやすくなる去痰(きょたん)剤を内服します。
一般的な気管支拡張剤には、吸入用気管支拡張剤とテオフィリン製剤があります。吸入用気管支拡張剤は、鼻から吸入することによって空気の通り道である気管支を広げる働きがあり、気管支喘息(ぜんそく)の発症者で使われる薬と同様のものです。
テオフィリン製剤は、経口薬で効果が長く持続する特徴があります。気管支拡張効果は吸入用気管支拡張剤と比べると強いものではありませんが、呼吸に使う筋肉の力を強めたり、肺の中の血管の抵抗を下げて心臓に対する負担を軽くする作用もあるため、発症者によってはとても有効です。食欲不振や吐き気などの消化器症状、頻脈、手の震え、不眠などの副作用も出やすい薬なので、注意深く使う必要があります。
また、気管支を拡張する目的で、β刺激剤や抗コリン剤という機序の異なる薬を併用することもあります。肺気腫の場合は普通、気管支喘息の場合とは違って抗コリン剤のほうが多く使われますが、両者を併用したり、β刺激剤のほうを使うこともあります。ただし、β刺激剤を使いすぎると、手の震えや脈拍が速くなるなどの副作用があります。
日常の生活については、特に神経質になることはありませんが、規則正しい生活をして、体力を落とさないことが大切です。風邪をこじらせると肺炎になりやすいので、早めの治療が必要です。肥満の人は呼吸筋の働きをよくするために、ダイエットしたほうが経過がよいようです。やせすぎの人は、良質の蛋白(たんぱく)質を多めに摂取するように心掛けるべきです。
息切れのため、運動が面倒になりがちですが、適度の運動は必要です。専門機関で、自律訓練によるリラクゼーションや呼吸リハビリテーションを受け、呼吸法について指導を受けるのも、よい方法と考えられます。
肺気腫の急性増悪期で、気道や肺の感染症、肺性心などを合併すると、呼吸苦が増悪します。呼吸困難感が、強くなった場合には、抗生物質の点滴や、利尿剤など、原因に見合った治療が行われます。一時的に、酸素の吸入が必要になる場合もあります。
肺気腫の進行期で、着替えをしたり少し歩いただけで息切れし、安静にしていても呼吸苦が続いたり、炭酸ガスが貯留して頭痛や冷や汗、思考力の低下などが生じる場合には、在宅酸素療法が必要なこともあります。鼻チューブを介して酸素吸入をしながら、自宅で日常生活を送るものですが、現在では酸素吸入装置も便利で軽くなり、酸素吸入をしながら外出をすることも珍しくなくなりました。在宅酸素療法には保険が適用され、 全国で10万人以上の人が利用しています。
肺の疾患の治療として行われる転地療法は、若年性肺気腫にも有効です。空気がきれいな場所で、原因となるものから遠ざかることで、症状の改善を図れます。ただし、気管支炎を併発している場合、気管支炎の治療を並行して行う必要があります。
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