医療現場では、薬局やインターネットで手軽に買える風邪薬やせき止めなどの市販薬の過剰摂取(オーバードーズ)による依存症や救急搬送が増えています。救急搬送の8割は女性で、10歳代を含む若い女性が多く、専門家は生きづらさが背景にあると指摘しています。
国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)の実態調査によると、全国の精神科で薬物依存症の治療を受けた10歳代の患者が使用していた主な薬物は、2014年は48%が危険ドラッグでしたが、2020年には市販薬が56%と過半数におよび、2022年には65%を占めました。10歳代の若者が関心を持つ薬物が世代交代した形です。
「規制強化で危険ドラッグが流通しなくなったため、市販薬で高揚感を得ているのだろうと考えがちだが、そうではない」と話すのは、若者の依存症に詳しい松本俊彦・同センター薬物依存研究部長。麻薬や覚醒剤の化学構造を少し変えた危険ドラッグを乱用していた人たちは学校をドロップアウトしたり非行歴があったりする男性が多かったものの、市販薬は非行歴や犯罪歴のない高校生や卒業生が多く「乱用する人たちが完全に変わった」といいます。
松本さんは、「市販薬は医師が処方する薬に比べて安全だと思われているが、医療現場では処方されなくなった危険な成分や依存性のある成分が使われていることが多い」と警告します。
厚生労働省が乱用の恐れがあると指定し、松本さんが問題視するのは、せき止め薬と風邪薬の2大成分であるメチルエフェドリンとジヒドロコデイン。前者は覚醒剤の原料で気分を爽快にする作用があり、後者はアヘンから作られ麻薬取締法の規制対象になっています。いずれも少量であるため、用法・用量を守る限りは問題ないものの、長期または大量に服用すると依存症になったり精神症状が出たりすることがあります。
厚労省は2020年9月に、これらの成分を含む医薬品の一部は販売時に1人1箱と定め、若年者には名前などを確認するようドラッグストアに求めました。今年4月からは医薬品の対象を拡大しました。
購入制限に掛からないせき止め成分のデキストロメトルファンは乱用すると幻覚が生じる上、飲み合わせによっては血中濃度が上昇し、致死量に達する可能性があります。
解熱鎮痛薬に含まれるアリルイソプロピルアセチル尿素は、出血しやすくなる血小板減少性紫斑病を引き起こすリスクが海外で報告され、医療現場では長らく使われていません。眠気を覚まし、頭がすっきりするカフェインは多くの市販薬に入っていますが、医師が処方する薬には含まれていません。
厚労省研究班の調査によると、2021年5月~2022年12月に全国7救急医療施設に救急搬送された市販薬の過剰摂取による急性中毒患者122人の平均年齢は26歳で、女性が8割を占めました。使われた市販薬は189品目で、解熱鎮痛薬が25%、せき止め19%、風邪薬が18%でした。平均102錠を服用し、自傷・自殺目的が74%を占めました。
また、救急搬送された人のほとんどが入院したほか、集中治療が行われた人は半数を超え、後遺症で通院が必要になった人もいたということです。
松本さんは、市販薬を乱用する女性は、子供時代にさまざまな虐待を受けたり、家庭内や学校でメンタルヘルスに起因する問題を抱えたりしている人が多いといいます。
「生きづらさを抱えていつ死んでもおかしくない子供たちが市販薬を乱用しながら何とか生き永らえている現状があるのではないか。規制強化だけではなく、若者が持つ問題に目を向け支援の手を差し伸べる必要がある」と話しています。
2023年12月5日(火)