中国に依存している抗菌薬の原薬製造に、国内の製薬企業が約30年ぶりに乗り出します。手術に欠かせない抗菌薬が、経済安全保障推進法における特定重要物資に位置付けられたことを受けた対応です。政府は今夏、2つの企業グループに対して製造設備への助成を決めており、2024年までに製造を開始し、2030年までに自給体制を整えることを目指します。
抗菌薬は、細菌を死滅させたり増殖を抑制したりする医薬品で、抗生物質とも呼ばれます。手術では、臓器などに細菌が感染し増殖して命にかかわる恐れがあるため、点滴や注射で用いる抗菌薬が欠かせません。
抗菌薬の原薬は、特定のカビ菌による発酵で作った原材料を化学合成するなどして作ります。国内企業は1990年代まで原薬を製造していたものの、薬価の下落を受けて、製造コストを低く抑えられる中国への技術移転を進めました。現在は、ペニシリン系などの抗菌薬で、原材料のほぼ1000%を中国から輸入しています。
2019年には中国にある工場の操業停止などで、日本の医療機関が抗菌薬を入手しにくくなり、手術延期など大きな影響が出ました。
2022年5月に成立した経済安全保障推進法で抗菌薬が特定重要物資に位置付けられたことを受けて、厚生労働省は約550億円の予算を確保。基金を設置して、ペニシリン系などの抗菌薬の原薬製造に必要な培養タンクや精製装置の設置費用などを支援する仕組みを整えました。今年7月には「Meiji Seika ファルマ」(東京都中央区)と、塩野義製薬の子会社シオノギファーマ(大阪府摂津市)を中核とする2つの企業グループを支援先に選びました。
原薬の確保は海外でも課題となっています。アメリカのジョー・バイデン政権は医薬品の中国依存を問題視し、医療現場で必要性が高い医薬品について、抗菌薬など86品目をリスト化。原薬の国産化を進めるとともに、日本など同盟国から調達する考えを示しています。
厚労省幹部は、「助かる命を救えなくなる事態を避けなければならない」として、国内で消えかけた原薬の生産力を取り戻したい考えです。
成川衛・北里大学教授(医薬開発学)は、「原薬確保のため、製造設備への支援は重要だが、企業が利益を確保できなければ、製造は再び止まってしまう。抗菌薬が国産であることを明示する方法や、一定の価格で取引される仕組みなどを検討する必要がある」と指摘しています。
2023年11月13日(月)