東京大学の奥山輝大准教授らは、自閉スペクトラム症(ASD)で脳の海馬にある特定の神経同士の接続が弱くなり、他者を記憶する能力が下がることをマウスの実験で突き止めました。ASDでは他者を記憶しづらくなる社会性記憶障害が起きることがあります。成果はASDの解明や治療法の開発に役立ちます。
脳が物事を記憶する際、複数の神経細胞がつながる神経回路に情報を保存していると考えられています。他者に関する記憶の場合、相手に応じて反応する神経細胞の集団が変わります。
ASDではコミュニケーション障害や興味の 幅が狭まる症状のほか、社会性記憶障害が起きることがあります。研究チームはASD発症者の多くで変異が生じる遺伝子「Shank3」について、マウスの脳全体で働かなくさせるとこの障害が起きることを見付けていました。だが、詳しい仕組みは未解明でした。
今回の研究では、記憶にかかわる脳の海馬だけでShank3遺伝子が働かないように遺伝子操作したマウスを使い、社会性記憶障害との関連を調べました。通常のマウスは初対面の相手に興味を抱き、近寄って観察する時間が長くなります。一方で、面識がある相手を観察する時間は短くなります。ところが、遺伝子操作したマウスは面識がある相手にも長く接しました。
他者に関する記憶には一定数の神経細胞が必要なこともわかりました。Shank3遺伝子が働かないようにした海馬の神経細胞の数を徐々に増やすと、ある段階で社会性記憶障害が起きました。
アメリカ疾病対策センター(CDC)によると、8歳児の36人に1人がASDの患者だと推定されています。ASDにかかわる遺伝子は数百個あり、複数の遺伝子変異の蓄積で発症する場合も多くなっています。症状はさまざまで、根本的な治療法はありません。
研究チームは人のASDの社会性記憶障害でも、脳の海馬の同様な仕組みがかかわっているとみています。奥山准教授は、「海馬がASD治療の新たな標的となる可能性がある」と話しています。海馬の神経細胞のつながりを改善する研究などを進める考えです。
アメリカ・マサチューセッツ工科大学(MIT)などとの共同研究で、成果をまとめた論文はイギリスの科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に掲載されました。
2024年6月29日(土)